欲しいのは「楽しい」

新居に移ったタイミングで、
寝つきが悪くなり、
そうするとだんだん余計なことを悶々と布団の中で考えてしまいます。

その状態で考えつくことは大抵ロクでもないのだけど、
せっかくなんでそのよろしくない状態を突き抜けておきました。

 

で、朝起きて、昨晩の思考を振り返り、悟ったことは。
「自分は、『人』を自分に持ち込むと良くない」
ということ。

あ。私の場合。です。私は。

 

人を気にしたり、
人の意見を取り入れようとしたり、
人に受け入れられるやり方をしようとしたり(ライティングとか)
誰かの成功パターンとかに憧れたり・・・

ってやっていくと
恐ろしくテンションが下がって来て、
判断力も下がりまくって、
パフォーマンスも下がって来ます。
多分っていうか確実にエネルギーも下がってます。

で、人を気にしだすと
間違った方向に進んでいきます。私は。

 

アドバイスをくれる方が間違ってるわけじゃないんです。理屈はわかるから。
世の中の本やメソッド、成功者のパターン、正解です。

「自分以外の『人』を中心において考えて動く」
というやり方が
合っている人もものすごく多いはずです。

誰かのために、とか、喜ばせたい、とか。

マーケティングとかビジネスもだいたいそうだしね。

 

しかし。
やっぱりダメだ。私は、ダメだ。

人はどうでもいいとかじゃなくて、
そこが起点だとどうしてもうまくいかない。

結果やプロセスに『人』はもちろん入ってくる。
でも、起点は「自分」でないとダメだ。

 

で、
タイトルに戻るけど
私は、基本的に「楽しい」が欲しいみたいなのです。

「楽しくやりたい」とはちょっと違って、
「楽しい」感情を得るために、なんでもやる、方が近い。
楽しくない、と思えることすらも、
楽しいと思えるように工夫する、のが楽しい。

「楽しくさせる」工夫ができる余地があればできる。

(そろそろ楽しい書きすぎてゲシュタルト崩壊)

 

目標も成長も、それ自体が目的じゃなくて、
自分が「楽しい」と思えることをやるために、それを使っているというだけ。

そして、工夫ができるから単純作業もデスクワークも好きで超得意なのです。
接客もマニュアルから離れて良ければ超好き。めっちゃ売るし指名も多い。

 

でも、
「楽しいとかそういうのいいから。
モチベーションとか関係なく成果は上げるべきだから。
とにかくまずはこれをやらなきゃいけないから。
それをやるとうまくいくから」

って言われると、
なんかもう全然力が入らなくなって、ダメです。
だってそれ、私にはちっとも楽しくないんだもおおおおおん。
やればやるほど、悲しくすらなってきます。

でね。
上のこれは、私の書き方が悪いんですけど(苦笑)

 

例えば。

「フラットな感情で、
これらの必要な、やるべきタスクを着実にクリアしていけば、
必ず成功します。年収◯千万円は確実に」

と言われたら、安心して飛び込める人もいるわけです。

 

なので、
教えてくれる人が悪いとかいうのでもないのです。

どっちかっていうと、
そういう「現実的で確かな助言をくれる人」の、
その助言をするっと受け入れられない自分を責めて責めて、苦しかったー!のです。

成功ルートがわかってても、
そのままそっちにいけない自分をひたすら責め立てて、
すんなり行ける人を羨んでいたのね。

 

人から受けたアドバイスを
そのまま自分に押し付ける(自分で)のではなく、
受け取り方や見方、やり方を変えたら
もうちょっとやりようがあるかもしれない。
(ここで出てくるる『工夫好き』)

っていうか多分そうやって来てたんだけど、
自分ではそれを『反抗してる』と思ってて、これも苦しかった。

 

っていうところまで
わかったので、
この先はもーちょっとうまくやれるかもしれない。

優先したい感情があるのは、
私には必要だから、それでいいではないか、と。

けどきっとまた、
他人を気にしてぐらつくので、この記事は備忘録。

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