セッションで出てきたことを、全部扱うわけではありません

私のセッションでは、
相談したいことや今気になることは、事前に書き出してきてもらうようお願いしています。
初回やお久しぶりな方には、書き出し項目リストをお渡しして、たっぷり書いてもらうこともあります。

(すでに何度も受けていて、自分で考えを深めて進めているので、書き出してもらう必要がない人もいます)

セッションという非日常の場ですんなり話せる人はそう多くないし、肝心なことをど忘れしちゃってパニックになることはざらなので、思考や記憶、気持ちの整理も兼ねて、書いてきてねとお願いしています。

  
もしも、その相談内容が綺麗に整理できて、適切な相談相手までも選べていたら、
その悩みはほぼ解決できているようなものです。
悩み相談ではなく、適切な相手に適切な依頼をするという行動ベースの話になります。

 

というように、
相談内容がうまくまとまっていないのは当たり前のことなので、
そのまとまらなさをいっぺん紙に書いて、目に見える形にできると、相談する方とされる側が共有しやすい。

私は、

「何をどれだけ書いていただいても、まとまってなくても、乱雑でも、同じことの繰り返しばかりでも構いません。
関係ないことでも、愚痴や弱音でも、罵詈雑言が書いてあってもOKです」

とお伝えしてます。

メモだけでなく、その場でもお話しいただきますし、
事前に書いていないことだけどその場で出てくることがあれば、その話もお聞きします。

書き出すだけでなんだかスッキリして消化できてしまうこともあるし、
事前に書き出しきったからこそ、ようやく「肝心の話」「本音」を出せる場合も多いのです。

 
そして私は、言葉になっていることだけでなく、その奥にあるエネルギーの流れや、詰まり、偏りを見ながら、そのセッションで扱うべき内容を整理していくことで、進めていくのです。

 

それを踏まえて、
ここでもっとも大事なことをお伝えしたいのですが…

それは、

「相談の場は、すべてを解決する場所ではない。
むしろ、何を今扱い、何を今扱わないかを分けることも、整理の一部である。」

ということ。

 
現状悩んでいる全てのことを解決したいと思うのは当然ですが、1回のセッション時間は有限です。

人生の深い悩みをたったの2時間ないし4時間で全て解決するなど、まず不可能ですし、
すぐに解消できる疑問もあれば、時間をかけて根気強く付き合っていくべき問題もあります。
私のセッションの中で扱うのに向いている内容もあれば、別の形で扱った方がいい内容もある。

 
思うままに書いていただいたことや、その場で伺ったお話の中から、
「今回ここで扱うもの」と「今日は扱わないもの」を分けていく。
そして、今いちばん必要なところから取り組んでいく。

それ自体が、『セッションを受けることの大きな価値』なのです。

 
もし取り上げられなかったからって、
些細なことというわけでも、不要なことでもありません。

どれもその人にとっては重要なことだけど、今日はここで扱わないよ、というだけの話なのです。

 

とはいっても、せっかくセッション受けるんだからできるだけいっぱい取り上げて欲しい、だから延長してでもやりたい!
にという想いに応えることはできなくはないのですが…

 
人には人の、体力、気力、理解力などのキャパシティがあります。
個人差がとても大きいところです。

 
たくさん考えて話して聞いて〜を何時間も続け、疲れきったアタマと体では、
前向きな考えをもったり新しいアイディアを思いつくことはしにくいし、
自分の意見を話すことも、他人の意見を聞くことだってほとんどできません。

疲弊した状態では、聞いたことも、考えたことも、あとから正確に思い出すのが難しくなります。
その場ではわかったつもりでも、メモを読み返したときには、何を意味していたのかわからなくなることもあります。

 

だから私は、できるだけ多くのことを扱うよりも、
その人が受け取れる量で、その日いちばん必要なことを扱う方を大切にしています。

たくさん話したから、たくさんやってもらったから進むのではないんです。

扱うべきものを、扱える量で扱ったときに、ようやく「次に手を入れる場所」が見えてくるのだと思うんですよね。

 

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