少し前に読んだ作品に、
「デザインは、無限の可能性を
切り取って、削って、決別して
最小限まで削ぎ落として残った結果」
と書いてあって、それがとても心に残っていて。
そのおかげで、
『人生をデザインする』という表現が、
自分の中ではじめて腑に落ちました。
私にとって人生というのは、
「自由に描く」というよりは、
「突き詰めて削ぎ落とす」というのに近いものを感じていて、
新たに創るものではなく、
もともと目の前にあったもの、なんだと思っています。
何もしないと埋もれてわからなくなってしまうだけで。
まあ。そもそも、あらかた計画してきているわけだしね?
そして。
私はというと。
最初の言葉を使えば。
「無限の可能性」を、
(無限よりは、たくさんの、という言葉をつかいたいけど)
切り取って、削って、決別して
最小限まで削ぎ落として残った結果。
息苦しいわけでもなく、
つまらないわけでもなく、
逆に、とても自由であると感じています。
「たくさんあるから、自由」でもなく、
「ないところからつくるから、自由」でもなく。
削ぎ落とすから、自由だとね。
ちょっと前に通りがかった。名古屋市役所。
全然詳しくないけど、大きな建築物が好きでっす。
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