「向いていない」は、否定でも諦めでもなく、ただの『情報』だった

前回の記事の続き。

身体の事実から、自分の方向性を知る
パーソナルトレーニングの体験に行った時、トレーナーさんから終わり際に、「もしも、ヨガの先生みたいな細くて薄い体型を目指していたら、骨格、体型的に正直難しいですし、ウチはあまりお役に立てないです」「でも、マイコさんは筋肉をしっかりつけられる身...

 

直接対面したことがある方は、私を思い浮かべて、

「え、見たらわかるじゃん、どう考えてもヨガの先生体型から遠いでしょ」

と、訝しんだかもしれません。

 
そうです。

他人からすれば一目瞭然なのです。

 

私だって遠いことくらいはわかってますけども!

しかし、
自分のことになると、

憧れ
理想
過去の挫折経験
世間的に良しとされている「成功例」
「こうあるべき」という思い込み
過去に他人に投げかけられた「評価」「アドバイス」
お金や時間、距離などの、注ぎ込める己のリソースの限界
どうせならこれが向いていてほしいという、切実な「欲」

これらのてんこ盛りのフィルターがかかっちゃって、フラットに判断するのは至難の業。

 
私の場合は、特に「努力が足らない自分が悪い、自分のせい」と思いがちフィルターがあるために(苦笑

(自分は)簡単に諦めてはいけない
(自分が)「向いてない」と切り捨てることは怠けている

という、さらに厄介なフィルターが生成され、
向いている方向にだいたい進めてない、というか、いつも超遠回りしてる・・・

 

おまけに
世の中には

『努力すれば誰でも』
『◯◯だけで実現!』
『◯◯な人はこれがマスト』

という情報ばかり。
(だって商売だから、当てはまると錯覚させないといけないもんね)

 
そして、「向いているからこそ、そのスタイルが実現できている人」ほど、

『努力すれば誰でも』
『このメソッドやってたら華奢に細く長く』
『特別なことは何もしてない』

などと断言するのです。(それはそう!

 
でも…

「向いていない」と認めることは、自分を見捨てることではないんです。
むしろ、自分の身体や性質をちゃんと見て、無駄に傷つけないための判断です。

 

若い頃ならともかく、
長い年月、知識も経験も思い込みもたっぷり抱えてしまった我々「大人」には、

外側からの「正誤混じった膨大な情報」× 自分の内側からの「分厚いフィルター越しの自分像」

の中で、本当の「向き不向き」を見抜けなくても仕方がない。

 

だからこそ、

できるだけ利害関係の薄い「他人(プロ)」からの客観的な評価と、
自分で振り返った過去の経験や傾向、体質などを踏まえて、

自分の『資質』に合った方法や環境、目標設定を、サポートを得ながら見つけていく

というのが大事。

 
…まあ、このプロ選びが一番、難しいんですけどね。

藤咲も過去、紹介いただいて、バレエ・ピラティス系のパーソナルトレーニングに通っていた時期があったんですけど、
そのトレーナーさんはとても素晴らしかったけど、自分に合っていたものだったかというと…今思えば違ってたんですね…

 

私は今回、
体質・骨格・筋肉のつき方・消化吸収・食欲・活動量・神経系の傾向によって、

「目指しやすい方向」
「向いている手段」
「無理を重ねても、たぶん実りにくい方向」

がかなり変わるのだと、身をもって理解しました。

 
そしてこれは、身体づくりだけの話ではないのだと思います。
仕事、人間関係、暮らし方、自己表現、エネルギーの使い方。

どの分野でも、
「世間的には良いとされている方法」ではなく、
「自分の資質と噛み合う方法」を選ぶことが、結局いちばん遠回りしない。

 
藤咲はこれまで、エネルギーの状態や流れなどから、その人に合う方向性を読むことを提供してきました。

そこに今回、身体の事実を見る視点が加わったことで、
もう少し現実的に、立体的に、
「その人がどちらへ進むと無理が少ないのか」
を見られるようになった気がしています。

個人セッションでも、今後はこういう視点も少しずつ織り交ぜていけたらと思っています。

個人セッション
藤咲の提供する【個人セッション】は、「『スピリチュアル的な問題』の存在を”前提”としつつ、それでいて、地に足を付けた『物理的なこと』を重視する、総合的な観点からの個別指導」です。いわゆる『スピリチュアルな世界』に対して、『目に見えない世界』...