要るものほど、うたがってみる。

「要るものほど、要らない。かも」という記事を
先日書きました。

モノを手放すと、意識やエネルギーの手放しも、
だいたい同時に起きるという話。

で、
意識やエネルギーのところを
もうちょっと書きたいと思ったのね。

 

自分の願望や欲しいもの・・・それ本当に要る?

という話。

 

「欲しいもの・やりたいことリスト」を作ることは、
とても意味のあることです。

まずは片っ端から書いて明らかにして、
雑念やダブりを取り除いた後。
すぐ出来る、手に入るものはさっさとクリアしてしまう。
その後に残ったものについてじっくり考えて、実現させていくのは大事。

 

だけども。

それ、本当にやりたい?それ本当に全部要る?

というのは、折に触れ考えたほうがいい。

「お金がたくさん必要なの!」

・・・どうしてそんなに必要なの?どうしてそれを満たさないといけないの?

「独立開業したいの!」

・・・どうしてそんなにしたいの?したらどうなるの?雇われるのはダメなの?

「◯◯がないと嫌!」

・・・どうして嫌なの?ないとどうなるの?

 

それを持ってるのをダメって言ってるわけじゃないよ。
自分の周りの環境も、自分の考えも変わって行くから、
ちょいちょい見直したほうが良いという話。

 

強い願望は、達成への原動力にもなるけれど、
そこに固執してる割に、行動が伴ってなかったり、結果が出なさすぎる場合は、
一旦思い切って、手放してみるといいかもしれないよ。

 

本当の望みはそれじゃないことも多いし。
(その先に得られる感情なことが多いね。安心とか。)

もっというと、
そもそもそれ自体が・・・
まーったく自分に適性がなかったり、合わない可能性も高い。

『人』にこだわってる時も、こういう時があるよね。

あとは。
その望みに固執しすぎて、その先に進めなくなることもある。

 

私はというとですよ。

長年の望みが叶った『今の状況』があって、
「叶ったこの状況自体を手放したくない」と今度は願っておりました。
それゆえに、壁にぶつかることが出てきてたのね。

気づかぬふりをしてたけど。いやもう知ってたけど。ぐずってたのよ!

 

色々手放して、手放して、
今度はいよいよ、「それ」を手放すことにしました。

 

そしたら今。
なんか急に扉が開いて、また違う進み方をするような気がする。

そんで、
その先には、今回手放した「それ」を、再び手にすることができるかもしれない〜。

もったいぶっているわけじゃないけど、
それが何かは、また来月あたりに〜

 

要るものほど、要らない。かも。
洋服など実際に物を手放すと、 意識的なモノを手放すことになることが多いです。 逆もそう。 別に今も物が超少ないわけではないけど、 ちょっと前の自分の家を思い出すと「物で溢れ過ぎであったなあ」となかなかにゾッとする。 恥ずかしい話ですが、 し

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