テストでも仕事でも内観でも必要なこと

協議の末、
日曜午前の娘との勉強会は継続することとなりました。

先月末に定期テストがありまして、
今日はその結果と答案を持っての反省会。

・なぜこのミスをしたのか
・ミスの傾向
・今後の対策

を全科目確認します。

 

ただ「できなかった」「ケアレスミス」と判断して終わりでは全く意味がない。

(というか、ケアレスミスって、むしろ『致命的ミス』ですけどね。
軽んじるどころか重大で、これがあるかぎりダメだと思う。私は。)

なぜ間違えたのかを自分で分析して把握して、解消する努力をしないと
ずーっと同じことを繰り返すからね。

 

そもそも歯が立たないのか、問題文が理解できないのか、
暗記漏れなのか、計算間違いなのか、
転記ミスなのか、テスト範囲外が出されたのか、根本から間違えてるのか…

たとえば
「年代順に並べる問題を落としやすい」のであれば、
日本史も地学も倫理でも共通するので特有の対策を取る必要があるとか、

「途中式を省略しがち」「問題用紙への書き込みが少ない」のが
原因と思えるのであれば、
理系科目も文系科目でも書き出し量を増やす訓練をするとか、そういうの。

 

勉強内容自体は、彼女の志望が理系のため、
文系だった私が教えるには気が引けるのですが、
こういう根本的なのはやってなくてもできるんですよ。いちおう。

しかし、これは塾とか予備校いってやってくんねえかな!?
と本気で思ってるんですけど、
本人が「母の教え方が一番わかりやすい」って聞かないから…クッ…

とりあえず、勉強の成果が点数にも反映され出したので…
いちおう効果はあったということですね。
よかったよ…まだまだこれからだけど…

あ、もちろん出来るようになったところもちゃんと指摘して褒めますー。この間テスト答案みてうっかり涙ぐんだわ…

 

ところで、娘に限らず、クライアントさんからも

『紙に書き出すのが苦手』

いうことを聞きます。

 

これはねー。向き不向きと言うより、
訓練しないとできるようにならんのですよ。
苦手でも、毎日少しずつやってかないと、できないんです。
苦じゃない私のような人は、もう何十年もやってるからできるんです。

「うまく書けない」「長く書けない」「思った通り書けない」
のは当たり前で、
そもそもそんなことを求められてもいないのです。

単語でもいい、線でもいい、「うわああああああ」とかでいい、
絵でも記号でもいい、とにかく手を動かしていく訓練がいります。

タイピングよりも手書きがいいですね。
文字の大きさ、強弱、ブレなんかが自分でわかるからね。

 

『書いたことを、後から否定しても取り消してもいい』
『書いたことに、間違いも正解もない』
『書いただけでは、怖いことや問題は起こらない』
『書き出しても、誰も傷つかない』
『ネガティブやアンモラルなことを書いても誰にも責められない』

そう、
「書き出しても安全である」ということに、
慣れていくことがまず必要なんですねえ。

 

むしろ書き出さないで心や頭に留めておき続けるほうが、安全とは言い難い。

溜め込みすぎて不調や病気になったり、精神が混乱したり、
いざ表に出そうとしても出せなくなったり、間違ったことをしてしまったり、
我慢しすぎてサイキックアタックしたり生き霊的に飛ばしちゃったり、

そっちの方がよっぽどきついよね。

 

チラシの裏(最近ないね)や裏紙でいいから、
てきとーーーーーーに書いて、ビリビリポイっとするところから
はじめてみるのもいいと思うよー。

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