高次から聞いた『名前』の話

先ほどの名前に関する記事をUPしたところ、
今度は上からの「名前ネタ」がごそっと降りてきましたので、
これから頑張ってもうひとネタ行こうぜします。勤勉!

(今回はブログネタとして提供されてる。いつもはだいたい公開NG。)

変な名前をつけるな

前の記事で、「名前は強力なアファメーション」と私なりの言葉で書いたけど、

上からのパンチラインとしてはこんなのもあったよ。

「名前というのは呪いであり祝いでもある」
「名前に殺されることだってある」

 

さて、今回は、

【名付け】

についてのお話。

親であれば子どもの名前をつけるわけだし、
本名とは別の名前で活動する際に、自分ではなく他の人に名前をつけてもらう、
ということもあったりするよね。

(私はそんなの絶対いやだけど!笑)

前回、私は名前について、エネルギー的な視点から書いたのだけど、
また別の視点からのお話をもらったのです。

むしろ私の話以上に深刻なことなんだな。名前って。

 

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現代人は特に、「他者に『名付け』を依頼する」ということを軽く考えすぎだよね。

 

例えば、『子どもの名付け』であれば、
「その人の人生の半分と、家の盛衰の半分を、名付け親に握られている」ようなもの。

『芸名』『活動名』であれば、
「収益の半分は名付け親に流れていき、名付け親が倒れたら自分も共倒れになる」ようなもの。

 

だから、最低限、「この人になら生殺与奪権を握られても文句は無い」と思えるような相手でなければ、
『名付け』を依頼するのは避けた方が良い。

 

物質世界では様々な形で『時間差』が発生し、
時には、名付け親側の影響が自分に伝播するまでに、数年から数十年かかることもあるし、
自分が払うはずだった『名に対するライセンス料』に対する請求が、子や孫の世代になってやってくることもあるけれど、
それを差し引いても、『名付け』は、気軽に他者に依頼するようなものではないのだよ。

 

「親や祖父母、祖先の名前から一文字もらって子どもの名前に付ける」という行為を繰り返している家系に生まれた子どもは、
その家に強く縛られ、家のために一生・・・とまではいかなくても、少なくとも半生を捧げることもある。

このことからも、「名前がいかに強い力を持つのか」ということがわかるだろう。

 

「お抱えの霊能者が子どもに名前を付けてくれた」といって喜んでいる親がいるが、
「子どもの名前を握ることによって、その霊能者が、自分の地位をより強固に固めている(霊的資産に食い込まれている)」
ということにまで意識が回っている者は少ないようだ。

「その霊能者がお抱えの地位を得られたのは、先代の霊能者が、名前を通して『利権』を握ったからだ」と考える者も少ないようだ。

 

もっとも、こうした『名前を介しての霊的な地盤固め』そのものが悪いわけでは無くて、
あくまでも、「ことの重みや重大さを理解せずに、安易に名付けを依頼するのは如何なものか?」という話だがね。

 

また、(歌舞伎役者などの)『襲名』というのも近いものがあるね。

こちらは、「元の名前の持ち主に、自分の存在を明け渡す」というようなものだけれど、
襲名する側も、誇りを持って受け入れることが多いから、まだ良いのかな。

 

さて、そんなわけで、(人生の半分を預ける程には)信頼しきれないような人を、名付け親として迎え入れるくらいなら、
「自分の名前を自分で決める」という方が、まだマシだ。

未熟者が自分の名前を付けたところで、名前を通した『恩恵』は得られないが、
少なくとも、信頼できない人に生殺与奪権を握られるのは避けられる。

力量を磨いた後で、再度、名前を付け直すこともできるから。

 

しかし何かね・・・
「自分の名前(芸名・社名・活動名)を決めるのは自信が無いから誰かに決めて欲しい」だって?

 

そんな『「不安な状態」で引き合うような人間』は、『不安な状態に釣り合う程度の奴』だということが何故分からない!?

 

ただでさえ、「自信が無いものを、不安な状態で他者に依頼するというのは、危険極まりない行為」なのに。

 

『名付け』という重要な局面でそんなことをすれば、
文字通り『これからの人生の半分を、”自分が落ちた状態”の時に釣り合うような輩に、奪われる』ということになりかねないのだが。

 

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わ。

わあああああ名前って…
こわあああああああああああい。

って思いました。(小並感

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