伝える方も必死ということよ

受験前の気晴らしに、
映画に連れてってあげると娘に言ったら
まさかの『ボヘミアン・ラプソディ』をリクエストされ…

2度目の鑑賞をしてきました。
2ヶ月経ってもまだ満席!
今回の方が感動したかもなあ。映画ってすごいなあ。

 

映画というと、
先日、4年ぶりにとある映画を観直しました。

公開当時、劇場で観て、
最近amazonプライムで観られることがわかり、もっかい観ようかと。

思いの外長くて、
一旦中断して、ご飯を食べようとしたら

『映画の◯◯◯◯◯◯さ、あれ本当はそんなんじゃないから』

と、高次の誰かからコメントが。

私は、ストーリーと感情重視派なので、
ディテールとか理論とか、細かいことには興味がなく、
「へーそうですか。そうなんすね」と流そうとしたら…

『むしろ◯◯◯◯◯◯は、君だから』

…は!?

まったく予想外の発言に唖然。
もはや物語の筋も、登場人物すらも関係なかった。人間とかそういうレベルの話じゃない。
(一応説明はしてもらったけど)
全然ストーリーと関係ない。なくはないけど、メッセージの想像はできない。

『それを気づかせたくてこの映画を…』

いやいやいやいやどーやっても無理ですからねええ!!

 

ま、
今回はこうして私に伝わったのですが、
まーなんつーか、よくイメージされるような

「あの主人公は前世の私」
「このストーリーは◯◯のメッセージ」
「見えない存在がこれを通してコンタクトを取ってきている」

…ということばかりではないってことです。

そんなわかりやすいストレートなこととは、限らないってことですね。

 

映画だけでなく、創作や芸術などというジャンルは、
(作者は無意識でも)高次から情報を降ろして創られるものも多いのですが…

こっちに降ろされた時点で情報は歪むし、
創作や商業という物理的な要因も絡むから、下手すると別物になっちゃうし、
なにより時間というものもあるしね。タイミング外すと意味なかったりするだろうしね。

 

上の人たちも、
いろんなことをいろんな手段で、あの手この手で苦労しながらも、伝えようとしてるんだなあ、
という努力のほどは伺えますね。

 

最近、毎日のように、
ガイド業をされている高次のみなさんから陳情が来るんです。

「うちの子、何やっても買わないんだけどおおおおお!(号泣」

私に言われても
困りますけどもおおおおおお!?
ダイレクトすぎて、私のほうに直接泣きついて来ちゃってますけどもおおおおお!?

『TUNING MYSELF NOTE 2019+』のことですね。

 

私も買ってほしーです。

僭越ながらアドバイスはさせていただいたので、
もしもノートが気になり出したら、私ではなく、あなたのガイドが頑張っている証拠です。

お申し込み、お待ちしております。

『TUNING MYSELF NOTE 2019+』

ちなみにお申し込みメールをいただくとき、
だいたいその方のガイドからもメッセージが来ます。

「おれはやったぜえええええええ!」
「やっとここまできたああああああ」
「……(息絶え絶え」

なんだかゴールをしたランナーを迎えている気分になります。
箱根のせいかな。

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